語り手:しおね 写真:ももち 編集: ちーちゃん あみぱん
西条の夏はとても暑いです。 1年前の真夏の八月、ぶらぶらと酒蔵通りを歩いていると可愛らしいお店を発見しました。
パン屋のcocoronさんです。
「甘酒パンあります」
気になって入ってみると、中では美味しそうな香りがただよい、見たこともない種類の焼き立てパンが並んでいます。
3、4人、人が入れるくらいの、パンに囲まれる幸せな空間です。
「いらっしゃいませ。」 奥では店長の林さんがパンの仕込みをされ、林さんの奥さんが優しい笑顔で迎えてくださいました。 初めて訪れた日から、cocoronさんは実家へ帰省する日の、行きつけのお店になりました。
パン屋さんを開くことになったきっかけ
実は林さんは広島大学工学部の卒業生です。大学院を卒業された後は自動車部品会社へ就職されました。
ー どうしてパン屋さんをしようと思ったのですか?
実はもともと僕、パン嫌いで(笑)。
― ええ……!?
そう(笑)子供の時は腹持ち悪いからもうずっと米派だったんだ。でも、学生の時に、本格的なパンが手に入るようになった。甘い菓子パンではない、フランスパンやライ麦パンが登場してきて、その美味しさに感動したんだ。そこからパンに目覚めて、勉強をして、いつかはパン屋さんを開けたらいいなって。これがきっかけかなあ(笑)
― それでもすぐにパン屋さんを開かれることはなかったんですよね?
はい。大学院を出てからは自動車部品会社にいました。なんだけど、入社した時に「いつかはパン屋さんやりたいです」っていうのは言ってて(笑)。
大学時代は、西条にあるパン屋さんに、パンの作り方を教えてほしくて毎日通ってたんだ、半年くらい。その時感じたのが、ずっと同じ風景で同じパンを作り続けるのは、ちょっと世界が狭いなということだった。もうちょっと世界を広げて何かした方がいいのかなって感じたから一度就職したんだ。
今では大のパン好き。就活や出張の時はパン屋めがけて行っていたそう。
― パン屋を開くってなった時に、酒蔵通りを選んだ理由っていうのはあるんですか?
もともとは、家でパンを作ってたんだ。結婚して日曜日に家族のために焼いてたよ。
― へ~!素敵~!
その時に水がどうしても大切で。水の綺麗なところって沢山あるんだけど、そこでいろんな水を使ってパンを焼いてて気づいたのが、西条の水が一番おいしいってことだった。西条でもこの一帯でしかお酒に使う水っていうのはとれないから、ここにしたんです。西条は生活するのに丁度よい場所だから、子どもが出来て一緒に過ごすのにも良い場所ですね。
― たしかに、生活が送りやすいまちですよね。住みやすい。コンパクトで必要なものはそろっているし、自然もあって、水もきれいで。
お店を開くときにいろんなひとに助けていただいたので、
その感謝の気持ちを込めて「こころ」を入れることに。
最後に可愛らしく「ん」を加えています。
― 実は、私が先日友達とcocoronさんでパンを買ったとき、林さんが食パンを持ってくぐり門珈琲店さんへ行ってるのを見て……。
ここで作ったパンを、くぐり門珈琲店さんに持って行ってるんですか?
そうですね。ここで作った食パンを酒蔵通りの他のお店へ持って行ってますね。まあ近いからっていうのもあると思うんですけど。
― へえ~。そんなつながりがあるんですね。酒粕のパンがcocoronさんにおいてあると思うんですけど、その酒粕っていうのは?
賀茂鶴さんの酒造からいただいています。パンの仕込み水も、賀茂鶴さんの井戸水を使わせてもらってるよ。
くぐり門珈琲さんも過去にYeastにて取材させて頂きました。記事はこちらからご覧になれます。
右のカンパーニュはフランスパンのなかま。
他にも普通のカンパーニュ、ショコラカンパーニュの3種類があります。
可愛らしい名前で、2歳くらいの小さいお客さんも名前を覚えちゃったみたいです。
今日よりも明日、明日よりも明後日
― パン作りをするときに、大事にされていることってありますか?
一番は、お客さんの顔をイメージして作ることかな。具体的に、その人が喜んでくれる顔をイメージしてつくると心が入ってくる。そうすると見た目も味も変わってくるんだ。僕は、パンの修行をしっかりしてきたわけではなくて、そんなに特殊な技術を持っているわけじゃないから、お客様の顔をイメージして、お客様が喜んでくれるものをって。
向上心を持って、毎日新しいのに挑戦をして、毎日もうちょっと良くしよう、もうちょっと美味しくしよう、っていう心持ちで作ると、お店が盛り上がるし自分の気持ちを強く持てる。疲れて休みたいなってときもあるんだけど、そこは、やっぱりお客様の顔をイメージして、もうちょっと頑張ってみようって。同じパンだと、お客様も飽きてくるからね。
― そうなんですね。なんか、一日に、めちゃくちゃいいパンを作ろうっていうよりも、毎日ちょっとずつ良いパンにしていきたいなっていう心持ちの方が、継続性がありますね……。
酵母もそうなんですよね。天然酵母も。すぐ美味しくできるわけじゃなくて、毎日つぎたしてつぎたして、微生物が働いて、なんでか仕組みは分からないんだけどバランスが整ってきて、美味しさが常に増していくっていうのが。
だから天然酵母を使って毎日つぎたしていってるっていうのは、今日よりも明日、明日よりも明後日、美味しいのが作れるっていうことだよね。
― へえ~~~。1年後に食べるcocoronさんのパンって、もっっっと美味しくなってるってことかぁ。
林さんの好きなパンはその時その時で変わってきます。お客さんがこういうパンが欲しいって言って、そのパンをイメージしているときは林さんも食べたくなるそう。
― 海外で修行されて開くパン屋さんって、格式が高いというか、入っていいのかな~って思っちゃうんですけど、cocoronさんみたいな、地域に入り込んでるパン屋さんはすごくパンを買いやすいなと思います。パンを作る側も、縛りがない分挑戦することっていっぱいできますよね。
まあ修行しちゃうと、その作り方に縛られるっていうのは習いに行ったパン屋さんでもよく聞いてて。逆に一人だったら、もう自由に作れるし。
― すごい……。じゃあ、お弟子入りするのは至難の業ですね(笑)
うーん。だって息子も嫌だもん(笑)
― じゃあもう、林さんにしか出せない味ですね。
うん、それもあるし、自分にしか出せない自分のパンをこれから見つけていきたいなって感じ。材料もいろいろ試していきたいし。
パンって、甘いのもしょっぱいのも、かたいのもやわらかいのも、全部できるんだよ。
小麦粉も、みんな強力粉とか中力粉と薄力粉ってイメージあるけど、本当は100種類以上ある。それを自分でパーセント配合とかしていくと、もう無限大にレシピって作れて、終わりがないくらい、色々なんでもできるんだ。バターや砂糖の配合を少し変えただけで全然違うものができるから、やってて楽しい。
だから、パンはいっぱい種類があるけど、自分らしいパンがいつか出来たらなって。今も美味しいって言ってくれるお客様がいて嬉しいんだけど、もうちょっと自分の中で腑に落ちる満足できるパンができたらいいなって常に思ってる。いつ見つかるか分からないんだけどね。
― じゃあ、毎日トライして発掘されるんですね!これいけるなあとか(笑)
うんうん。やっぱり、パンを焼く温度や焼く時間もけっこう変えていかないと、自分がイメージしたパンが出来上がらなくて。毎日毎日トライ&エラーだね。良い方法を見つけたときは、よし、この方法いけるなって。
― パンを作る時の工程で一番難しいことってなんですか?
常に気を張らないといけないのは大変かな。毎日毎日同じようなハリにするってわけではないんだけど、その時その時のパンのご機嫌を伺って。
今日はちょっとゆるめにしておこうかなとか、発酵のとき、もうちょっと待ってあげようかなとか、ちょっと速すぎるから慌てて入れ直すとか(笑)発酵しながら焼いて、焼きながら軽量して。三個四個、同時進行しなくちゃいけないし、大変だよ。
― ああ!!今めっちゃパンが食べたいです!!(笑)
朝いちの焼き立てのメロンパンってすごくいいにおいがするよ(笑)
パンが発酵してくれるのはかわいい。あかちゃんのぷるんぷるんの肌みたいな。
お客様の成長に合わせたパンを
― わたしたち、mahoLabo.っていう団体なんですど、そのWebサイトの名前がYeastっていう名前で、発酵つながりだなと思いました!(笑)
そうなんだ。でも、実はイースト菌は少ししか使ってないんだよね(笑)昆布で、天然酵母を作ってるよ。
植物には酵母菌っていう菌がついていて、それがうまみを出すんだ。
やっぱりうまみを出すには熟成させることが大切で。だけどイースト菌だけでつくったパンっていうのは、うまみがすっと消えちゃうんだ。半年以上、天然酵母を熟成させたパンは、喉を通っていくときに口の中でうまみが広がって残る。そういうパンは美味しいし、作りたい。そのうまみをとにかく大事にしてる。
日本酒をつくる職人さんと気持ちは近いのかなって思うね。日本酒も発酵させてって。僕は小麦粉のうまみをひきだすっていうことかな。
こどもが口いっぱいにご飯をほおばるのは、
うまみを感じる味覚が舌だけじゃなくて口のまわりにもあるからなんだよ。
― これから、お店をどう続けていきたいですか?
まだ4年しかたってないんだけど、一つ思ってるのは、お客様の成長に合わせたパンを作っていくことかな。小さい子がちょっと大きくなったり、小学生が低学年から高学年になったら味の好みが変わってくるし、お年寄りの方はかたいパンがすきだったのがやわらかいパンが好きになったり。お客様の変化に合わせたパンを、常に作っていきたい。その時その時でちょっとずつお客様の成長に合わせた自分のパンをつくっていきたいなって。
― ご夫婦で経営されているんですよね?今、奥様に伝えておきたいことってありますか?
ええ……。(笑)
今はサラリーマンをやっているのとは違って、お店をやると、本当に同士というか、運命共同体じゃないけど、そういう感じで、一緒に頑張るってその距離感は大切だね。たまたまだけど、ずっと一緒にいても嫌じゃない。それがよかったのかなって。
奥さまの隣に立つと林さんは自然な笑顔に。きゅんとしました。
cocoron
営業時間:10:00~18:00
定休日:月曜日と火曜日
住所:〒739ー0011 広島県東広島市西条本町7-33
ホームページ https://bread-cocoron.jimdofree.com/
ライターだより
私のまたかえってきたいまちの中には、cocoronさんがあります。
「少しの期間実家に帰るけど、また帰ってくるね」という想いで、帰省前には焼き立ての美味しいパンを買って電車に乗ります。
カメラマンだより
「今日よりも明日のパンが美味しくなるように」という林さんの思いが素敵でした。常に進化し続けるパン屋さんだと思いました。
そして取材翌日、ライター・カメラマン・編集者全員がcocoronさんのパンを買いに行ったという…。完全にcocoronさんの虜になりましたよ(笑)
【かいた人】しおね/編集長&ライター
山口のトロンボーン吹き。オムライスはデミグラスよりケチャップ派。置かれたところで咲いていきたい。Instagram→sea_one27 Twitter→@shione2727
【とったひと】ももち
兵庫県淡路島出身。趣味は昭和歌謡鑑賞。特に1970年代の歌謡曲が好き。
倫理学を専攻にしたいと考えており、文化としての歌謡曲を倫理学的に考察することに興味がある。