聞き手:かみじょー 写真:かんちゃん 編集:あゆ
「入野(にゅうの)」という地名を聞いて、身近に感じる広大生はあまり多くないかもしれない。
東広島市の中心部から車で30分ほど。
広島空港の近くにあるこの地域には、山と田畑に囲まれたのどかな景色が広がる。
地方にあこがれる人は、こんな場所での生活を求めているのかも。
取材へと向かう道すがら、ふとそう思わせるような「いなか」の風景がそこにあった。
そんな入野の一角で、20年以上まいたけ栽培を行っているのが今回のインタビュー先。
入野きのこセンターの東 敏明(ひがし としあき)さんだ。
きのこセンターという名前ながら、作っているものはまいたけだけ。
作られたまいたけを売っているのも、直売所や道の駅など一部の場所に限られる。
「スーパーで売っとるものと比べたら、値段もちょっと高めなんよ」
と東さんは僕たちに教えてくれる。
でも実際に食べてみると、その理由が分かる。
僕たちがいただいたのは、敷地内にあるまいたけ食堂で手作りされた『舞茸天ぷらうどん』。
この取材に行くまで、まいたけのイメージは「なにかの料理の具材のひとつ」だった。
料理に入っていれば食べるけれど、まいたけをメインで食べるという発想は出てこない。
でも、このまいたけを食べて、その考え方は変わった。
肉厚の身は、一般的なまいたけでは考えられないぷりっとした食感を生み出す。
口の中に入れたときにふわっと広がるきのこの香り、そしてお肉を食べているような味の濃厚さは、今まで経験したことのない感覚だ。
あっ。
まいたけって、それだけで食べても美味しいんだ。
そんな考えが浮かんでくるまいたけに、僕は初めて出会った。
「うちのまいたけはええじゃろ。しかも体にいいけ」
そう笑いながら話す東さん。
でも、このまいたけが出来るまでには、とても長い道のりがあった。
美味しいまいたけができるまで、苦難の道のり
入野きのこセンターが出来たのは、1995年のこと。
それまでは三菱重工で印刷機を作る仕事をしていた東さんだったが、会社員をしていた頃から一つの夢を持っていた。
「いつか社長になりたいと思ったんよ。でもサラリーマンをしていても社長になれる気がせんけえ、徐々に自分で会社を作らにゃいけんと思っとった」
その気持ちは強まり、地元・東広島に戻り会社を作ることを決意する。
しかし、当時の東さんはまいたけ栽培の知識を一つも持っていなかった。
まいたけを作ろうと思ったきっかけは、当時のラジオや新聞。
「その頃から高齢化社会がくるって言われ始めとった。みんなが体にいいものを食べるような時代が来ますよって」
そんな中、東さんは新聞でまいたけ栽培をしてみませんか、という広告を見つける。
「まいたけが体にいいことを知って、業者に話を聞きに群馬まで夜行バスで行ったんよ」
その後本格的にまいたけ栽培を勉強し、会社をスタートさせることにした東さん。
しかし、待っていたのは失敗の連続だった。
まいたけは、容器におがくずと種菌を入れて作る。
おがくずは、木を細かく切った木くずのようなもの。
種菌は例えれば「まいたけの種」で、それを湿度が高くて暗い環境で育てることによって、僕らが食卓で見るようなまいたけが収穫できる。
その過程で、何が東さんを苦しめたのか。
まず、種菌からまいたけがなかなか生えて来ない。
仕込んだもののうち、半分くらいが成長すればよい方だった。
さらに、東広島でまいたけを作っている農家はなかったため、地元の人も食べ方すら分からないような状態だったという。
出来たまいたけもあまり品質も良いとは言えず、赤字が続く毎日。
そこに借金も重なり、挫折しそうになったことが何度もあった。
それでも、心は折れない。
「まいたけが健康によくて、これから注目される食べ物だと分かっとった。だから辞めようとはせんかった」
一度始めたものを、東さんは諦めようとはしなかった。
おがくずと水、気付いた2つの美味しさのもと
それから、まいたけ栽培の研究を始めた東さん。
試行錯誤を重ねるうちに、培地となるおがくずが、まいたけの成長を大きく左右していることに気付いた。
「最初は外国の木が入ったおがくずを使っとった。でも、途中から国産のくぬぎだけを使うおがくずに変えたら違いが出よった」
これだけでも、まいたけが生える確率は大きく変わったという。
しかし、一番の発見は別にあった。
「一度しいたけの菌が回っとる原木を買うてきて、それをおがくずにした。そしたら爆発的にまいたけが生え出したんよ」
しいたけ!?と驚く取材チーム。
全く違うきのこの菌が入った木を、おがくずにする。
僕らなら考えもつかないようなアイデア。
「今は地元のきこり屋さんに頼んだ東広島のクヌギに、自分でしいたけの種菌を仕込んどる」
この斬新な発想は、打ち込んだ種菌の95%がまいたけになるという劇的な変化をもたらした。
東さんがこだわったのは、おがくずだけではない。
まいたけを栽培するときに必要な水は、入野の天然水。
その水を、特別な装置に通して「自然活性水」として使っている。
「この自然活性水を使う前と後では、実際にまいたけの味の濃厚さや肉厚さが全然違ったんよ」
東さんがこう熱く語るほど、その差は大きかったという。
現在はその自然活性水を、霧のように細かい粒子にして生育部屋に散布している。
「自然のまいたけが育つのと同じような環境にしてやらにゃいけん。それを作ってやるのがわしの仕事」
おがくずと水、どちらも地元の自然から取れる素材。
それに一工夫することで、まいたけの美味しさをつかさどる欠かせない要素となった。
「すぐに分かっていれば儲かったかもしれんけどな」
と笑いながら話す東さん。
美味しさの秘訣に気付いたときには、研究を始めてから10年以上が経っていた。
一つのことに、向き合う
「続けることが大事よ。諦めたらそこで終わりじゃけえ」
終わりのないような研究をずっと重ねてきた東さんは、今までの日々を振り返ってそう話す。
「まいたけ食堂も最初は1日数人しか人が来んかったけど、今はたくさん人が来てくれとる。これも長い間続けてきたからなんよ」
ここに、入野きのこセンターがまいたけだけを作り続ける理由もあった。
「他の農家さんでも、同じものをずっと作り続けている人が成功しとる。真剣に1つのことに向き合って、いろいろ工夫をする。だから、美味しいものが作れるんよ」
そんな東さんのこれからの夢は、入野きのこセンターを『まいたけの総合レジャー施設』にすること。
「今は民泊や収穫体験をやっとるけど、この5月からは薪ストーブでピザが焼ける施設も出来る予定じゃけえ」
と、新たな挑戦を止めることはない。
「まいたけを売るだけじゃなく、みんなが楽しんで帰ってくれるような場所にするつもりなんよ」
そこには、東さんの東広島とまいたけに対する想いがある。
「みんなが食べてよろこんで、健康に生きてくれているのがうれしい。だからこれからも、まいたけが作れる場所がずっとここにあってほしいんよ」
地域の人の健康を願って。
みんながよろこんで食べられるまいたけを作る。
「みんなも遊びに来んさいよ!ほいで楽しんで、美味しいまいたけ食べて帰ってや」
そう笑う東さんがまいたけと向き合う日々は、これからも続く。
ライターだより
最近ついに自転車を買ってしまったんですが。
届いたら最初にやりたいことが、「入野までサイクリングして、まいたけ食堂でお昼を食べて帰る」です。
また一つ、東広島を知れた気がしています。
カメラマンだより
舞茸栽培で自分のこだわりを追及し続ける東さん。撮影していて、東さんの自信を伺わせる表情と、未来を見ている目が印象に強く残りました。自分が世に必要だと感じたものを素直に突き詰めること。これはめちゃくちゃ面白いし、強いなあと思いました。あと、舞茸うどんは本当においしかった。自分の中の舞茸の常識がくつがえされます。
まいたけ食堂
営業時間 11:00~14:00
定休日 木曜日(日・祝日営業)
住所:〒739-2208 広島県東広島市河内町入野4882広島・入野きのこセンター
TEL/FAX: 082-437-2828
ホームページ:https://www.nyuunomaitake.com
mail:info@nyuunomaitake.com
※東さんのまいたけは、西条のハローズやとなりの農家などでも購入できます。
【かいたひと】かみじょー
ライター・編集・WEB開発
埼玉から来た寄り道の多い人です。
【とったひと】かんちゃん
カメラマン兼WEBデザイナー。大阪出身。
写真を撮ること、人と話すことがとにかく好き。
人が気が付かない魅力や楽しさを探すことが得意。