みんなの笑顔をエンジンに走るまちのクレープ屋さん/ニコサンカフェ 田㞍マリア

 

聞き手:たかな 写真:しおね 編集:あんちゃん

 

夏真っ盛りのとある日、私たちが取材のために訪れたのは慣れ親しんだ広島大学でした。待ち合わせの目印は一台の車。オレンジ色の車体は、日差しに負けないくらい眩しく輝いています。

「こんにちは!」

太陽のような笑顔で出迎えてくださったのは、田㞍マリアさん。東広島市内でクレープの販売を行うキッチンカー『ニコサンカフェ』の経営をされています。

さっそく商品を注文しました。素早い手さばきでみるみるうちにクレープが出来上がっていく様子に思わず見入ってしまいます。

 

「クリームもりもりにしておきますね!」とサービス精神旺盛な田㞍さん

 

トッピングいっぱいのクレープはどうしてひとをこんなにもわくわくさせてくれるのだろう

 

夢だった飲食店の経営

 

本業では自動車部品設計に関するお仕事をしている田㞍さん。ニコサンカフェは本業で勤めている会社の「社内起業制度」を利用してオープンされました。高校時代のアルバイトをきっかけに、飲食業の経営をすることが自身の夢になったそうです。

 

お店に来られたお客様からの「ありがとう」「また来るね」っていう些細なお言葉が、その当時の私にはすごく響いたんです。飲食業をする、接客業をするのがこんなに楽しいんだって思うようになったのはそれがきっかけでした。

卒業して社会に出た後、最初はデスクワークをしてたんですよ。でも座って仕事をするのがどうも性に合わない!(笑)アルバイトではずっと自分で汗水垂らして手に入れた給料を見て、ああ自分はこんだけ頑張ったっていう経験をしてたから、それを社会に出てもしたい、飲食業をしたいっていうのはずっと思ってたんです。そのタイミングで社内起業制度があるって聞いて、「じゃあやってみたい!」ってなったのが開店の経緯です。

 

 

大好きな地元の役に立ちたい

 

― 地元が東広島だとお聞きしたのですが、営業する場所としてここを選んだのはやっぱりそれが関わっていますか?

もちろんです。生まれ育った地元のお役に立ちたいっていう思いが強くて。いざどこでお店をやりたいかってなった時に、そりゃ地元ですよ。

こうやって開業できたのも私一人の力じゃなかったんで。いろんな方の力を借りてやらせてもらっているからこそ、ここで頑張りたいっていう思いがありましたね。支えてくれる誰かがいるから私がいつも通りに出店できる。そこは地元の方の力が大きいので。その全てに感謝ですよね。

 

 

田㞍さんは本業とニコサンカフェの経営に加えて、黒瀬川のボランティア清掃にも参加されているそう。その地元愛は計り知れません。

 

すごく嫌だったんですよ。自分が育った場所にゴミがぽいぽい捨てられて、観光客に「なんか汚いな」って思われるのが。こういう活動はやっぱり地元愛がないとできないことだと思ってて。逆に地元人じゃなかったら「やらなきゃいけない」って思いにくいし、参加しづらいじゃないですか。なんだかんだ言って、地元が好きだからやってるんだと思います。

 

私も、自分が生まれ育ったまちには思い入れがあります。しかし「地元の役に立とう」「地元の課題を何とかしよう」という考えは、頭に浮かんでも実行するまでになかなかたどり着けません。そう思うと、田㞍さんの東広島に対する想いはひときわ大きいものだと感じました。

 

― ちなみに、東広島のどんなところが好きですか?

日本酒が有名なところです。お酒を飲むのが好きっていうのもありますけど(笑)子供から大人までを日本酒がつないでいるレアな町だと思ってます。小学生の時から日本酒について勉強するまちってなかなかないですよね。

私が通っていた小学校では四年生くらいから本格的に酒蔵の見学や学習をするんですよ。そういうことをしているうちに、自分の地元ってこんなにいいところなんだ、自分もお酒が飲みたいなって思うようになりました。

 

こちらは田㞍さんの一押しクレープ、日本酒レーズン

数十日かけてじっくり日本酒に漬け込むそうです

 

「ありがとう」の気持ちを形に

 

実は大家族の田㞍さん。七人兄弟のうち上から二番目だそうです。開業の際には家族総出で手伝いに来てくれたり、差し入れをくれたりと協力的だったそう。

 

― 総出で手伝いってすごいですね!

そうなんですよ。もう家族だけでキッチンカー内が埋まるんですけど(笑)今でも、私が声をかけなくても「行きたいから行ってもいい?」ってうちの妹や弟が来てくれることがあって。自分から進んで来てくれるとは思ってもなかったんです。私は絶対頼む側だから頭をちゃんと下げなきゃいけないなと思ってたけど、兄弟たちはそうは思ってなくて。

私も嬉しいんですよ。一人で「はあ~疲れた~」って言いながら運転して帰るよりは、隣に誰かがいてくれる方がいいので。兄弟たちはまだちっちゃいですけど、私を見て「こういうことがしてみたい」って思ってもらえると嬉しいです。

 

 

ニコサンカフェのロゴは田㞍さんがご自身でデザインされたものです。モチーフである太陽はあたたかく照らしてくれる両親を表しており、兄弟たちをイメージしてコロナの数を七つとしています。

 

― 自分の好きなようにロゴを作れるってなった時に、要素として取り入れたものが「家族」なのがなんとなくいいなと思ったんです。

なんでなんですかね(笑)でも両親や兄弟の力があるからこそ今の私がいるわけで。やっぱりそこは感謝したくて、その気持ちを形として残したかったんです。それがこのロゴの太陽です。

 

 

― 田尻さんにとって家族はどんな存在ですか?

いなきゃいけない存在ですかね。でも最初は、兄弟が多いのが嫌だったんですよ。

― そうなんですか!?

はい!(笑)昔はすごく嫌でした。やっぱり親を独り占めできなかったので。「なんでこんなに兄弟いるの!?」って親に言ったこともありましたし。

だけどそれはちっちゃい頃だからそう思うだけで。今となると助けてもらってる部分がすごく多いし、お互いに助け合ういい感じの信頼関係は兄弟だからこそあるんですよ。だからいてくれなきゃいけないって思います。「なんでそんなこと言ったんだろう」って当時の自分を悔いる時もあります。

 

家族の話ってなかなかしないから恥ずかしいですね。

「今の話、き、聞いてないよね!?」って思っちゃう(笑)

 

歳を重ねて兄弟たちと関わることが楽しくなっても、みんなが成長するにつれて全員集まって何かをするってことができなくなって。そういう時間が欲しいなって思ったときに、その大事さに気づいたんです。

だんだん兄弟たちに会える機会もなくなっているからすごく寂しくて。歳なんですかね?(笑)私もともと涙もろくて。家族の話になると涙が出そうになるんです。まあそんだけ、家族のことは考えてます。

兄弟がいてくれて本当に感謝ですし、今後何かがあった時に、私も助けられるような、手を差し伸べられるような存在になりたい。もしあの子たちが何かでつまずいた時に、その手を引っ張れるような存在になりたくて。それも開業のきっかけだったと思います。

 

夢の裏側と向き合った先に

 

― 開業にあたって大変だったことは何ですか?

好きなことをするにはその倍くらい、見えていなかった好きじゃないことをする必要があって。前に進むために見えてきた好きじゃないことも受け止めて、課題や不安を解決するために考える、の繰り返しです。

― 「好きじゃないこと」とは、例えばどんなことですか?

まさしく裏方って感じのことですかね。飲食店を経営したいっていう以前に、自分の好きなことを仕事にするっていうのが私の夢でもあったんですよ。だからただ「クレープを作ればいいんだ!」「商品を開発すればいいんだ!」としか思ってなかったんです。

でも実際は単価の決定とか税務とか、裏の仕事もついてきてしまうんで。好きなことだけを仕事にできるわけじゃなくて、その裏方のことも込みでの仕事をしないといけなくなっちゃうから、それは大変ですね。今でも葛藤してます。

 

 

― 私も自分の将来を考える中で、「これをやってみたいけど、私が見ているのは綺麗な部分だけなのかな」って考えちゃうことがあるんです。

最初はそうでした。「好きなことすればいいんだろうな」って思ってたけど、実際のぞいてみると全然違って。

― じゃあ、どうやってその好きじゃない部分を乗り越えていますか?モチベーションを上げる方法とか……。

ただやるしかない。それだけですね。どんなに怒られてもやるしかないんで。もうただ「頑張る、うん」みたいな感じです。日々いろいろありますけど、「この時はこれしなきゃいけないんだ」っていう意識があれば、どんなに大変なことでも必ず行動に移すことができるんで。

― そのパワーがあるのがいいなと思ったんです。

いや、あるように見せかけて全然ないです(笑)だからそういう意味での「やるしかない!」です。

 

 

― それこそ私は嫌な面がちょっとでも見えると諦めちゃうことが結構あるので。

私も最初はそうでしたよ。新メニューを出す時に、新しい材料を使うことだってもちろんあって。その原価を決めなきゃいけない時に、「なんでこんな細かいことしなきゃいけないんだろう」「ただ作ってるだけじゃだめなの!?」って思ってたんです。

でも、クリームもりもりだとか、具材がしっかり入っててとか、ボリュームがあっておいしいとか言ってもらえるだけで私は嬉しいので。「原価をいかに抑えるか!」っていうのも込みで考えたくなるんです。正直しんどいところもあるけど、やっぱりお客さんに喜んでもらいたいから。それが私のモチベーションにつながってます。

 

 

「やりたい!」の気持ちで始めたからといって、何もかもを楽しむのは難しいと私は思っています。理想と現実のギャップに打ちのめされることや、その不安に負けて始める前から逃げてしまう、なんてこともしばしばあって。

かねてからの夢を叶え、それを仕事としている。私から見える田㞍さんはとてもきらきらしていました。だからこそ、そんな彼女にも同じような葛藤があることを知り、安心する自分がいました。

「やるしかない」その言葉が持つ強さに、私は妙に納得してしまいました。やりたいなら、やるしかない。その先には必ず求めるものが待っているはずです。

 

輪を広げる、未来につなげる

 

― 今後の展望について教えてください。

やっぱり会社の立ち上げ、独立がしたいです。今のお客様、取引先様、社長や仲間に安心していただける結果を出したいです。あとは地元のお役に立てるようなキッチンカーだからできる地域コミュニティの活性化や、様々な面における支援を考えたいですね。

― お店のこれからを考える中でも、やはり地域のひとたちの存在は田尻さんの中で大きいんですね。

そうですね。本来だったら既にいろんな方とコミュニケーションをして新しい輪が広がってたはずなんですけど、新型コロナウイルスで遮られたところがどうしてもあって。イベントがないから行きたくても行けないっていうのが本音だったんです。

 

 

でも今は「ここに出てくれないか」って依頼が増えてきているんですよ。だからちょっと遅くなったけど、こうやってお声掛けいただいてコミュニケーションできるとなると、そこでつながるじゃないですか。今あるその場を大事にしたいんです。

そこでまた何か今後のつながりがあるんだったらそのお役に立ちたいですし。お客様の輪も、地域の方の輪も大事にしたいので。声が掛かったら、必死に食らいつくくらいの勢いで行きたいと思っています。

結果を残すだけじゃなくて、どうこれからにつなげていくかが一番大事なところだと思うので。そこを自分がどうやったらできるかなとか、いろんなことを考えながらやっていきたいなとは思います。でも難しいですね、「地域コミュニティの活性化」って勝手に言ってますけど、私(笑)

今後そういうつながりが増えていくっていうのを想定したうえなので。広大生の方も出店の情報とかいろいろ聞かれてると思うんで、もし何かあったら声をかけてください!

 

 

「守るものがあると自然にひとって強くなるじゃないですか。」取材中に田㞍さんが発した一言が印象に残っています。

家族を守りたい、地元に感謝したい、お客さんを喜ばせたい。取材を通して、私が感じていた田㞍さんの「強さ」は、周囲のひとの幸せを願う気持ちから作られていることに気づきました。

「強くなりたい」と呟いてみても、その概念は本当にひとそれぞれです。だけど、私が思い描いていた「強さ」はこんな形だった気がします。「こんなお姉さんになりたい!」そう思える相手が、また一人増えました。

 

 

ニコサンカフェ

住所 〒739-0014 東広島市西条昭和町12番9-101号

営業日 毎週日曜日にInstagramで更新していますのでそちらからご覧ください。

SNS Instagram https://www.instagram.com/nicosancafe

 

ライターだより

「先週も来てくれましたよね?」の一言で、この方にお話を聞こうと決めました。広島大学にも度々出店されているので、学生の皆さんは休み時間にぜひ立ち寄ってみてください。

カメラマンだより

曇り空を感じさせない鮮やかなオレンジ色の車体と、芯の強い田㞍さんは、まるで一心同体でした。最近はこの車が大学に来ているだけで嬉しくなります。私のおすすめは日本酒レーズンです。

編集だより

田㞍さんのスタンスやこだわりに強く感銘を受ける取材となり、クレープを食べたくなる理由が増えました。秋になればさつまいもを使った期間限定クレープも登場すると聞いて、今からそわそわしています。

 

 

 

【かいたひと】たかな / ライター、編集長

山口県出身。ときめく心を忘れずに生きたい。

 

 

 

【とったひと】しおね/ライター、編集者

山口のトロンボーン吹き。オムライスはデミグラスよりケチャップ派。置かれたところで咲いていきたい。Instagram→sea_one72  Twitter→@shione2727