聞き手:しんじ 写真:ゆーた・るなちょふ 編集:あゆ
1月下旬。朝。澄み渡る青い空。口から洩れる白い吐息。
ここは広島大学から車で40分。
東広島市の北部に位置し、田んぼと山に囲まれた自然豊かな地域、豊栄。
開けた景色から見える青々とした自然は、僕たちの視線を釘付けにした。空気もきれいで、とても美しい地域である。
そんな豊栄のはしっこ、福富との境目の近くにある牧場が今回の取材先、トムミルクファーム。
ーなにか、温かいものでも飲みながら話そうか
今回お話を伺ったのは、トムミルクファーム代表取締役の沖正文(おき まさふみ)さん。
取材が始まる前に、お店の奥から手鍋を取り出し、牛乳を温めてふるまってくださった。
牧場の牛から搾った濃厚で甘いホットミルクを飲んで、現場は和やかな雰囲気に包まれる。窓から見える美しい景色も相まって、僕たちの心はお話を伺う前から冬の寒さを忘れるくらい温かくなった。
グツグツグツ…ホットミルクは大好物です!
過去。地域にとってオープンな牧場づくり。
沖さんが最初に語ってくださったのは、日本の戦後。
トムミルクファーム初代代表である沖さんのおじいさんのお話。
戦争で家を焼かれたのをきっかけに都会を離れ、田舎に移住することにした。
その際に選んだ土地が、幼いころに育った地、豊栄だった。
ー全てが焼かれて何もない時代、モノの価値がとても高かった。
当時、田舎に移住した人は沖さんのおじいさん以外にもたくさんいた。
家業を再開する者、新たにもの作りを始める者、農業を手がける者。様々な人が一から何かを始める中で、沖さんのおじいさんが選んだのは酪農だった。
ー牛というのはね、人が食べられない草を食べて、人が食べられるものを作ってくれるんだよ
戦後、食糧難だった時代。草を食べて乳を出す牛の価値が高かった。
牛の持つ、草を乳や肉に変える力に惹かれ、豊栄で乳牛を飼い始めることにした。
何よりも食べものの価値が高かった時代だったため、牛乳は良く売れたそうだ。
乾草をモグモグする牛たち。君たちのお陰でおいしい牛乳が飲めてるんだよなぁ、ありがとう。
しかし、新たに移住してきた土地で牧場を始めるにはとりまく問題が山積みだった。
ー畜産公害って聞いたことある?
最近では耳にする機会も減った言葉。
畜産公害とは、牧場を発生源とする公害のことを指す。牧場の規模拡大に伴い、排せつ物による水質汚濁や、家畜による悪臭・騒音等により付近の住民生活に影響を与えることで問題となった。トムミルクファームも、もちろん例外ではなかった。
臭いだとか排水だとか……牧場が発展する中でどうしても生じてしまうもの。しかし、地元住民からの苦情や心配の声が後を絶たなかったとか。
ー牧場は危険な場所ではない、食べ物を作る場所なんだ。
そんな中、沖さんが実家の牧場に就農したのは1980年。
地域の理解を得る為に、牧場をオープンにする取り組みを始めた。
ジェラートショップをオープンして、地域の憩いの場を提供したり、牧場祭りを開いてすみずみまで牧場を見せてたりと、いつでも牧場に遊びに来てもらえる雰囲気作りを心掛けた。
ー基本を忘れず、人間らしく生きる、そうすると人の心も動かせるのかな。
オープンな牧場づくりはもちろんのこと、地域の人への丁寧な挨拶や接し方が少しずつ、牧場への理解を深めていった。
沖さんの姿勢は少しずつ地域の理解を変えていき、今では非難の声を聞くことはなくなったそうだ。もちろんこれからも、地域の理解を得続ける為に努力は怠らないとのことだ。
オープンな牧場。普段は見れないような現場近くまで見学させていただけるそうです。
現在。次の世代作りと若者に伝えたいこと。
人生の大先輩、沖さんの言葉は若い僕たちに強く響いてきました。
ー今は平和な時代。だけど、ものを生み出す力が弱い。
僕たち、若者の目を見てはっきりと伝えてきた沖さん。
新しい土地に来て、新しいものを0から作り出す。
今までなかったものを作り出すには大きなエネルギーが必要であり、また同時に周囲の批判や不安の声、場合によっては誹謗中傷から耐えねばならない。ものがあって当たり前である今の時代では、そういったことができる人が少なくなっていると感じるそうだ。
決して皆がそういうわけではないよとフォローをしてくれたものの、戦後のお話を聞いた後では、心に強く打つものがあった。
僕たちの世代は、汗をかいて体を動かすような作業を嫌う人が多い。沖さんの世代に比べて、僕たちの世代がものを生み出す力が弱いというのは確かだ。
そんな僕たちに向けて、生きることはもっと泥臭いし、地を這ってやるのを素敵だと語る沖さん。
もちろん、戦争を体験した人たちと同じ苦労をする必要はない。だけど、歴史の重さをやっぱり知るべきだと思う。日本も戦争で焼かれた後にゼロからやってきた。それを良く理解する必要がある。
未来。次の世代に残すということ。
ー1人で寂しく死んでいく未来を想像してしまったんだ。
普段の仕事をしている中で、ふと感じること。
自分が運営をしているこの牧場を誰も跡を継がなかったらどうなるのか。
人口減少が進む豊栄。最近では孤独死をしている人が後を立たないそうだ。
それは今の豊栄には、自分の子供や孫が帰ってきてビジネスをしようにもその環境がないから。継ぎたいと思える環境がないから。
そのため、誰も自分の場所に帰ってこない。帰ってくる人がいない。
トムミルクファームの後継ぎがいない。それは牧場がなくなることを意味する。
息子達は外へ働きに出て、長年続いてきた豊栄の1つのビジネスが消える。
ビジネスができない場所には人は集まらないし、帰っても来ない。
そう考えた時、誰にも看取られず死んでいく自分の姿が脳裏をよぎったそうだ。
ー継げとは言わないが、継ぎたくなるような牧場を作った。
次の世代が継ぎたいと思うようなものを作るのが自分の役目だと語る沖さん。
農業やビジネスの場をこの豊栄で持っておくことで、
最期の時、誰かが一緒にいてくれる。そう考えた。
年々人口が減少している豊栄に住む中で、
都会とは違う、田舎を取り巻く深刻な問題を垣間見た気がした。
「また帰ってきたいまちを作る」
大きなビジョンを抱えている我々mahoLabo.だが、まだ帰ってくる側でも帰りを待つ側の人間でもない学生である。僕たちでは思いつかないような違う視点から「また帰ってきたいまちを作る」ことを知ることができた。
それは、ただビジネスができる環境があるだけではなく、そこに帰ってきて自分が継いでいきたいと思う環境を作らないといけないということ。沖さんは、自分の考える「また帰ってきたいまち」を実現するために、そういう環境を作り続けたそうだ。
新しいものを作るのは難しく、もちろん次の世代に残すことも難しい。
今となっては息子さんが継いでくれたようだが、ゼロから継げるような環境を作ることはとても大変だったそうだ。
0から1。新しいものを生み出す。生まれる。形になる。というプロセスが難しい。
ー記事作りも一緒でしょ?(笑)
……我々は笑いながら頷くしかなかった。
僕たちの世代、沖さんの世代。手を繋いで。
楽しい取材の時間も終わりが近づき、
「何か最後に聞いておきたいことはありますか。」
と問いかけてくださった沖さんに対し、カメラマンがすっと手を挙げた。
「取材の中で、どんどん多くのことに挑戦しているようにお見受けしました。沖さんは、新しいことに挑戦する中で、何か不安とかないのですか。」
ー不安ばかりで、ここ最近寝不足よ(笑)
僕は飽き性で心配性、だから綿密に……石橋を叩いて渡る。そのためには、自分の力のみに頼らずに、人に協力を求める、情報を集める。
経営者のように何かを新しく始める人ってのは、ワンマンに見えるけど、実はいろんな人の力を結集させている。
思いっきり人を巻き込まないといけない、理解する人を増やさないといけない。
そういう力を求める若者、そういう力をもつ年配。今まで関わりのなかった人と人が繋がることで、ギアが噛み合い新たなものが生まれる。そうやって次の世代へと繋がっていく。
ー繋げないといけない、次の世代の為にも。夢や可能性を伝えて場を作った中で、彼らに任せる。私ができるのはそこまで。
いつか豊栄を丸ごと「もの作り体験村」にしたいと目を輝かせて語る沖さん、本当に楽しそう!
何もないところから新しいものを始める。やりたいことをやる。
その中で、1人で完結するのではなく、仲間を見つけ、人と人を繋げてこそ
はじめてやり切ったと言えるのだろうか。
沖さんの人生から見えてきた歴史の重みと価値観、今回の取材の中でしっかりと僕たちの世代に引き継がれた。
次は僕たち。次の世代に向けて、人生は楽しいぞって明るく笑い飛ばし手を引っ張ってやる、そんな大人になりたい。そう思った。
ライターだより
自分たちだけで終わるのでなく、次の世代につなぐ。やりっぱなしでなく、作り上げることに意味がある。そんな風に思いました。
牛さん達、とても可愛かったです。いつもおいしい牛乳を作ってくれてありがとうね。
カメラマンだより
私は何かしたいことがあるときに、無意識のうちにひとりで始めることを想定していた気がします。それは、人を巻き込む勇気がなかった(巻き込んで失敗するのが怖かった)からだと思います。しかし、失敗が怖いからこそ慎重に、綿密な準備が必要で、そのためにも仲間の協力が大切だということを沖さんから教わることができました。これから何かを始めようと思ったときに、今回学んだことを思い返し、考えたいと思います。
トムミルクファーム
住所:広島県東広島市豊栄町乃美1083番地5
TEL:082-420-3323
FAX.082-420-3380
メール:shop@tommilk.co.jp
Webサイト:http://tommilk.co.jp
火曜日定休 営業時間10時~17時(季節により変わります)
【かいたひと】しんじ/ライター&経理
亀が好き。
【とったひと】ゆーた(Yut@)/カメラマン
知らないところを探検するのが好き。もちろんカメラをつれて。
家ではクラシックギターを弾いたり、本を読んだり、寝たり。
Twitter → @Yh_photo
【とったひと】るなちょふ/カメラマン
広島県尾道出身。大きな体で大きな心が目標。エモい写真が撮れた時のにやけは見られたくない。
instagram:@kism_hxy46
2020年4月6日
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