聞き手:かおりん 写真:かんちゃん 編集:しおね
大学一年生の冬、初めてお客さんとして行ったときのことを思い出します。
その日は寒く、店内のあちこちに灯るあかりに照らされた庵さんが、炭火でお餅を焼いてくれました。
その情景は、冬になると再び現れます。
私はいつしかお客からアルバイトとなっていました。
器から家具、布をはじめ、昔の農具や理科の実験で使ったあのガラス器具、大の旅好きである庵さんが東北から仕入れたものまで、たくさんのものが並ぶ店で主に掃除を手伝っています。
庵での出来事を季節のうつり変わるころ、4回にわたってお送りさせていただきたく思います。
今回は冬から春にかけての2日間をきりとってお届けします。
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1月25日 (クモリ) 夢のはなし
いつものように店の中を上から下へ、掃除をする。
店の前にぼちぼち青い草が見え始めたので草引きへと移る。
庵さんも
「ずっと気づいてはいたんだけどやらないでいたことがあるから、あなたがきた勢いでやるわ。」
と言って店の前で掛け軸の整理をしている。
1時間弱たって「寒い」と感じ始めた頃、常連である型染め作家さんの四角い車が入ってきた。
寒い三人は、いったん店の中に入ってお茶にすることに。
庵さんがあたたかい緑茶と皇居の描かれた最中とを、塗り物の小皿に入れて出してくれる。
私が「皇居だ」と言うと、
「そうよ。夢まで見させてもらったんだもの。」
と庵さんはにっこり笑う。
私は先々週、東京での用事が終わったあと、近くにたまたま皇居があるのを知り、覗いてみたのだった。
門灯が白壁を照らし、東京でこんなにくっきり見えるのかと驚くようなポッカリ丸い月。
満月の次の夜だった。
広島にいる庵さんに、皇居の門と月を写した写真を送った。
庵さんはその写真をとても気に入ってくれたみたいで、自分も東京に行った気になったと喜んでいた。
すると、とうとう夢の中で皇居に行っていた。
道で出会ったドイツ系のお兄さんと、楽々園(廿日市の地名)を目指してドライブしたという。
いつもの調子で、「おもしろそうね、行こっか!」とお兄さんの旅のプランに乗ったようだ。
庵さんは最近この話でもちきりで、お兄さんとの会話や彼の車などを説明している様子は少女のようだった。
2人が楽しそうに話しているのを眺めながら、私は最中を食べている。
相撲のテレビが始まるからと、作家さんが帰ったあと、
庵さんが私の仕事も今日はこれでおしまい、という。
私「今日はまだあまり働いてないのに…..」
庵さん「そんな日もいるのよ。」
庵さん「今までこんなこと思ったことなかったんだけど、この頃はちょっと頑張れない、動くのもめんどくさいな、と思うことがあるのよね。昔はこうやって自分を甘やかすこと、自分が許さなかったのよ。」
庵さんは最近少し体調を崩していたので、私はもうちょっと休んでほしいと思う。
またたくさん仕入れてきていた。
毎回来る度に物が増えているのでびっくりする。
「病み上がりってこともあるんだろうけどね。ずっとは頑張れないわよね。でも75歳でお店やってたらすごいことよね。自分を褒めなくちゃ。」
私「最近、『ずっと休んでるのも疲れるから、また動くようになるよ』という言葉を見ました。」
庵さん「本当よね。ずっとは頑張れないけど、ずっと休みなさいって言われるのも大変よね。動き出したくなるわ。」
私「うん。休むだけ休んだら、動き出しますよ、きっと。」
庵さん「そうね」
店を出るときには17:30になっていた。外はまだ暗い。
2/15 (ハレ) 遠くで聞こえる
今日の風は暖かくて、店を出るときにフワッと感じるのが楽しい。
午前中少し店を空け、車を10分くらい走らせ、あるお客さんのもとへ。
その方が自ら集めた石や木で造った庭を、庵さんはよく見せてもらいに行くそう。
その方は36歳の時に会社を起こした経営者で、笑うと赤い頬が高くなる、手の大きな人だった。
会社の話になったときに、
「370人ほどいた従業員全員の名前と家族と住所とを覚えとった。そうせんと人を雇うことはできん。」
と話をしてくれた。
どんなところで育って、どんな家族がいて、今どんな状況にあるのかなどを知らないと、その人のことはわからないというのだった。
庵さんは「学校の勉強よりもためになるわよ、きっと」と笑っている。
帰りの車で、
やっぱり83歳には見えないよね。20歳くらい若くてもおかしくないよね、と庵さんと確認しあった。
店の前の落ち葉を集めているとひょっこり顔を出したふきのとう。お昼に庵さん手づくりの蕗味噌をご馳走になった。
午後、岡山で音楽をやっているという方がやって来て、店の前で演奏をしてくれることに。
”ムビラ”というその楽器は、手帳くらいの大きさの厚い板に、人の指のような形をした鉄が上部から伸びている。
親指ではじかれて出た音は、それぞれの方向に直線になって進んでいく。
みんなで楽器を囲んでしばし耳をすませる。
もうじきお雛様の季節。
ムビラはジンバブエの楽器で、音階のドレミの概念はなく、一つひとつの音に意味があると考えられているらしい。
その方は演奏者として活動しているだけでなく、教室も開いているそうだ。
いただいたカードには「お代は物々交換可」と書いてあった。
庵さん「本当、いろーんな人がいて面白いよね」
つくづく私もそう思う。
私「ふつうとか、当たり前ってないなあって思います。」
庵さん「ほんとうにね。この年になって、常識ってなんだろうって思うからおかしいわよね。でもきっと、こうじゃなきゃいけないっていうのはないのよね。最終的には、おもしがることよ。」
勢いよく伸び放題になったつるをほぐしていたとき、庵さんがそばに来て、
「あけびがなるのは毎年楽しみなんだけど。」
とつぶやいた。
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店前に植えたチューリップも少しずつですが背が伸びているようです。
次回は春から夏にうつるころに、また庵さんの様子を覗いていただけたらと思います。
古道具・古民芸 庵
営業時間:10:00〜18:00
営業日:木・金・土 ( 日曜日は要予約 )
住所:東広島市八本松町原8583
TEL:082-429-2701
ライターだより
ムビラの音はコロンコロンというか、ポワンポワンというか、ずっと向こうで響いているように聞こえました。
自分が好きと思えばそれで十分!という気持ちもあるけれど、それを話したり、相手の好きなことを聞いたりすることも案外楽しいものだなと思います。
店の前の草引きをしながらも、ひらかれた耳で遠くの音をひろっていた日のことでした。
カメラマンだより
撮影中はいろんなものを静かに眺めたり、お客さんのお子さんと遊んだりしていた。子供に連れられて行った2階の窓には網戸がかかっていて外は良く見えず、僕は目にもとめていなかった。けれど、子供は網戸ごしの景色を「綺麗だね」と言ったので、面白いなと思った。自分の見えている価値ってまだまだ狭いかもしれないと思った。
庵さんには生活必需品ではなく、普段見ない生活にあったらちょっと嬉しいものが置いてあります。
【かいたひと】かおりん
ライター
三度の飯より米が好き。
【とったひと】かんちゃん
カメラマン兼WEBデザイナー。大阪出身。
写真を撮ること、人と話すことがとにかく好き。
人が気が付かない魅力や楽しさを探すことが得意。