【 季節巡り日録 】/ 春から夏へ 編 / 古道具・古民芸 庵 広藤紀志枝

かおりん しおね 足立汐音

  聞き手:かおりん 写真:かんちゃん 編集:しおね

普段考えなかったことが頭に浮かんできたり、思い通りいかないもどかしさもあったり、この春は皆さんの周りでもいろいろな物語があったことでしょう。

 

自分ではないひとやものの目線を想像した方もいるかもしれません。

 

庵さんもゴールデンウィークはお休みしましたが、掃除や伸び始めた草は待ってくれないので、ぼちぼち仕事をしています。

 

緊急事態宣言が出されて1週間経ったある一日から始まります。

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4月24日(ハレ)

 

ドクダミの蕾が膨らみはじめた。

店の裏に生えている矢車草を助けるべく、勢いを増して伸びる草を引く。

庵さんも、「ないよりはいいでしょ。手伝う!」と言って、風呂場の椅子に座り、隣で草を取り始める。

「先週、ここに時々遊びに来る留学生の子が、『おばあちゃん、草取りします。』ってやってきたから、なんだろうと思ってね。

『草取りしてくれる人は雇ってるし、急いでないし、いいのよ。どうしたの?』って言ったら、『中国に帰るんです。』って。

だから私、『あなた広島空港は行ったことあるの?』って聞いたわけ。そしたら『行ったことない』っていうから、探検に連れて行ったのよ。

その子は初めて行く場所だからあれだけど、私はあんまり静かで驚いた。閑散としてた。えーっと思って。あんなの見たことない。

車の中でその子がポツリポツリと言ったことなんだけど、

『おばあちゃん、人生には登り坂、下り坂があるけど、もう一つ坂があるんだよね。さて、それはなんでしょう。』

って私に問題を出すのよ。(笑)

私が『わかんないね〜。なんだろう?』って言ったら、

『人生には ”まさか” っていうことがある。』って。

ああ、日本に留学に来てまさかこんなことになるとはね。

その子のお母さんが国に帰ってきて欲しいって言ったみたい。

その子に、将来何になりたいのって聞いたら学校の先生って。

よくわからないから予想を言うと、中国に帰っても先生にはなれるけど、日本で留学したらもっとレベルの高い仕事につけるとかじゃないかな。

本当、人生にはまさかっていうことがあるのよね。うん……あるのよ。

その時に自分がどうするか、なのよね。」

しばし二人とも黙って草取りをする。

留学という一大イベントがこんな ”まさか” でなくなることってあるのか…….。

気持ちの整理をつけるには、仕方のないことって思うしかないのかな。

私は、「せっかく外国に来てるのに、思い出作りするにもどこにもいけないね……。」とつぶやいた。

隣で庵さんは頷いて、

「そうよね。留学にお金もかなりかかっているだろうに。

『草取りします』っていうからどうしたのかなと思ってたらそういうことだったのね。

私なんか気の毒になっちゃって。」

空港に行ったあと、その子に海を見せてあげようと、瀬戸内海沿いを通って帰ったらしい。

「そしたらその子が喜ぶわけよ。それで私も嬉しいって、またいつものお節介婆さんがね。でもそれが楽しいって思う。喜んでもらって私も嬉しいし。

その子が国に帰って、いつか日本の人が困っている時に助けてくれればそれでいいなって。」

 

 

6月1日(クモリ)

今日、その留学生の子が広島を出発する。

あれから私も彼女と会い、店で庵さんと一緒に中国の実家の話をしたり、料理を教えてもらったり、一緒に草取りもした。

「日本を出る前に、自分の実家でとれたお茶をおばあちゃん(庵さんのこと)にあげたい」と彼女が言っていたことを思い出した私は、昨晩、無事お茶を渡せたのか彼女に尋ねた。

彼女は店に行き、庵さんに「中国のお茶です」と言って差し出したところ、

「中国のお茶は家にたくさんあるから、もったいないのでぜひ他の人にあげて。」

と言われたという。

それを聞いて、庵さんにうまく彼女の気持ちが伝わっていない気がした私は、

今日、つまり出発の日の朝、店でお別れをしようと約束を取り付け、庵さんを呼び出したのだった。

彼女が改めて、「私の家で作ったお茶です。」

といってお茶の入った袋を差し出す。

庵さんは、「それを言わなきゃだめよ」と笑う。

彼女は照れくさそうに、「大事なこと、いつも言い忘れる。勉強になりました」とはにかむ。

庵さんは、いただいたお茶をいれてお別れにしよう、と言って、

棚から出してきた煎茶の器で、彼女の持ってきてくれたお茶を三煎いただく。

記念写真を撮った後、店の裏まで彼女を見送る。

二人は手を繋いで歩く。

「ここでお別れね。」

と庵さんが言うと、彼女は私たちに向き直し、

「ありがとう」

と言って、道路の反対側に渡っていった。

これから彼女は2週間ホテルで隔離され、やっと家に帰るそうだ。

手を振る彼女の姿が見えなくなって、

「よかったと思うよ」

と庵さんが言った。

昨晩電話をしたとき、彼女は、庵さんにお別れを言うために、何度も店を覗きにきているのだがなかなか会えない、と話していた。

彼女は庵さんの連絡先を持っているので、電話で約束してから会えば良いのでは…..と私は思っていたのだが。

それを庵さんに話すと、

「あの子はそういうのが下手なのよね。」

と言って、流しでガラスを洗っている。

彼女は自分が話すことよりも、人の話を聞いていることが多かった。

「おばあちゃん、草取りします。」という言葉は、彼女にとって庵さんと話すきっかけだったのではないか。

作業をするうちに、彼女がポツリポツリと話をする姿が印象に残る。

庵さんにお見送りに誘う電話をかけたとき、お茶を一度断って悪かったかな、と少し気にしていたようだった。

庵さんは彼女の話をよく心配そうに話していた。

彼女のことが気にかかり、何かしてあげたいと言っているように見えた。

そして最後にいつも、自分はお節介だから、とつけたす。

彼女が庵さんのことを「おばあちゃん」と呼ぶのはなんとも自然に聞こえた。

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ぐんぐんと伸びる草を追いかけているうち、気づけば秋になっているのでしょう。

次回は夏と秋の間に、また庵さんの様子を覗いていただけたらと思います。

 

 

 

営業時間:10:00〜18:00

営業日:木・金・土  ( 日曜日は要予約 )

住所:東広島市八本松町原8583

TEL:082-429-2701

 

 

ライターだより

彼女が草をとってくれたところに、なぜかなかなか草が生えてこない。

「そこを見るたび、彼女、元気にしてるかなーって思い出すのよ。」と庵さんが笑って言う。

 

カメラマンだより

草抜きを通した会話だったり、想いが生まれる場所は本当に素敵なことだと思いました。

夏になると庵さんではいろんな種類の植物が葉を伸ばし、緑が綺麗で、とても居心地が良かったです。

 

  【かいたひと】かおりん

ライター

三度の飯より米が好き。

 

  【とったひと】かんちゃん

カメラマン兼WEBデザイナー。大阪出身。 写真を撮ること、人と話すことがとにかく好き。 人が気が付かない魅力や楽しさを探すことが得意。